駄文書き
駄文を書く。
本を少々嗜む程度の分際で、文を書く。
畏れ多くも、文を書く。
ブログという認識はない。
所詮は自己満足。誰かに見られたくて駄文を書く訳ではないと明記しておく。もちろん、あなたにだって。
むしろ知人に見られたくない駄文を書く。無論、あなたにだって。
述べたいのは、日々のこと。なんでもないこと。何もないこと。
日々に絶望した。人に絶望した。未来に絶望した。社会に絶望した。現実に絶望した。所詮、あなたにだって。
そんな小人の書く文を、駄文と云わずしてなんとする。
思うこと、思い描くこと、感性の全て。
そんな大義めいたものではないから、駄文と定義した。
以下本文である。ここも駄文たる所以。
期待するから傷付く。初めから期待しなければいい。というのは、少々人間的では無さすぎるし、文字と映像の中での空想の様な気がする。多分そうだ。
私は期待してしまうし、期待しなくなった人に出会ったことはない。期待しない人は多分、嘘つきで、ある意味正直だ。
どちらにもなれない私は、何者にもなれない。
絶望することを知っていたって、期待するよ。
ただ、もう期待することに少し疲れた。
日々に、人に、未来に、社会に、現実に、そして、あなたに。
それでも期待せずにはいられない私は、バカ。そして、あなたも。
敢えて言えば7:3で、嫌な事の方がきっと多いと歌った人は相当幸運である。7で済めば良い方だ。
それでも、これからも期待して生きていくよ。
そうしないと生きてはいけないから。
期待するよ。諸々と、私と、あなたに。
私は、この何を伝えたいとも分からない極恣意的な駄文を、まだ書き連ねるだろう。何もないから。
少しだけ、期待するよ。たぶん、あなたに。